「噺家と席亭と私」について

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異色の落語本
 
 
これを読んで寄席へ行こう、落語を聴こう!

江戸文化の神髄を現在と未来へ引き継ぐ人々の

日々の努力と思いと志が満載!
 
 
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著者は寄席へ通いつめて、江戸古典落語を現代に生かし未来へ繋いでいこうと、
日々地道な努力と精進を重ねている人々と出会いました。
それらを通して得た、噺家と席亭と私の思いや志を綴っています。
 

 
はじめに(本文から引用)

内村鑑三という人の100年前の講演の記録を読み、「君は、せっかく、この世に生まれたのに、何も遺さずに往くのか」という、一言に、凄く、驚きました。
では、後世に何を遺したら良いのでしょうか。
鑑三は、「後世に遺す遺物の中で最高のものは生涯そのものだ」と言っています。私は、自分の周りに、生涯を遺物として遺した人がいないか、探しました。その結果、私が、笑いを求めて通い始めていた落語に、凄い人を発見したのです。
落語界を疾風のように駆け抜けて、2011年末になくなった立川談志です。これが、私が、この落語の本を書くことになったきっかけです。
また、このような眼で、落語の世界を見ていきますと、後世のために遺された文化遺産で、消えそうになっているものを、苦心して発掘し、今後に伝承して行こうとしている人が、いるのを発見しました。
近代落語の祖といわれる、三遊亭圓朝の作品や、東京では、ほとんど演じられなくなっている音曲噺などを発掘し、伝承しようとしている林家正雀です。
また、今、人気の噺家の中にも、日々たゆまぬ努力をしている人が、大勢いることがわかりました。「芸は人なり」と言われますが、このような努力の人の芸は、見るたびに進化しており、その芸の進化は、その人の人間としての成長を示しているのだとも気付きました。
そのような、師匠は、若い弟子達の人生の目標になっています。これこそ、「遺産となる生涯」を送っている人だと思いました。
これを最も確かに確認できたのが、柳亭市馬でした。この人の噺を、随分、聴きに行きました。
そうする内に、このような後世への最大遺物になる「落語作品」や「噺家の生涯」を遺す活動は、個々の人達だけではなく、全体をまとめている、陰の推進者がいることに気がつきました。
それが席亭、加藤浩氏です。この人は、良い古典落語を遺し、その高度の芸の伝承をめざす人材の育成を目指して、日本演芸若手研精会を組織して、二つ目の若手の育成をしています。
また、圓朝ものや、音曲噺の発掘を進めている林家正雀の会を主宰していますが、これは小さな会場で、来ている客も少なく、とても、採算に合うとは思えません。
加藤氏の育てた噺家は、現在、人気ものになっていて、大きなホールを満席にする落語会を、いくらでも、開ける立場にあります。それなのに、事業採算にあわない古典発掘を続けていました。
この人には、事業採算だけでなく、別の目的があることは明らかでした。すなわち、「後世に最大遺物を遺す先導者」だったのです。
私は、私の今の天職である「後世に最大遺物を遺す先導者」の仕事の同志を、「落語」の中に見つけたのです。そして、語りあって、意気投合しました。
これを、私は、「先導者たち」というサイトのブログ(http://www.sendosha.com/blog/index.asp.)の土曜、日曜の「閑話休題」に、書いてきました。このブログを注目してくれた人がいたのです。「これこそ出版して、多くの人に読んでもらった方が良い」と奨められました。
これが本書を執筆することになった経過です。本書を読んでいただいて、志を同じくして、後世に良い落語文化を遺す活動の、仲間になって下さる方と、出会うことができればと、念願しています。
 

2013.03.27